2012年1月5日木曜日

戦国和泉国人名辞典

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【あ】

磯上無仁入道【いそがみむじんにゅうどう(15??~15??)】

二田城主。和泉三十六郷士のひとり。

稲葉元春【いなばもとはる(15??~15??)】

稲葉城主。1580年、織田信長の軍勢と戦い稲葉城も落城した。

今木肥後守【いまきひごのかみ(15??~15??)】

今木館主。和泉三十六郷士のひとり。

今北十平次【いまくたじゅうへいじ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

大路新左衛門【おおじしんざえもん(15??~15??)】

大路城主。和泉三十六郷士のひとり。大路新左衛門尉は熊取庄の興蔵寺城を横領し古井秀充に討たれた。

大路信濃守【おおじしなののかみ(15??~15??)】

大路新左衛門の男。1576年、織田信長の大坂本願寺攻めに加わり「第一次木津川口の戦い」で毛利家海賊衆と戦い討死した。

岡彦市郎【おかひこいちろう(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

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【か】

樫井又左衛門【かしいまたざえもん(15??~15??)】

日根郡樫井館主。和泉三十六郷士のひとり。

門村左近【かどむらさこん(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

神前宗行【かみまえむねゆき(15??~15??)】

畠中城主。和泉国在庁官人日向権守清実の後裔神前家と称した。源頼朝の叔父行家が清実の拠る畠中城で源頼朝の追手に捕えられ謀殺された。 神前家の居城畠中城は、天正年間、根来、雑賀衆が拠点としたが織田信長に攻められ開城した。

神前是光【かみまえこれみつ(15??~15??)】

神前宗行の養子。1585年、羽柴秀吉の「根来、雑賀征伐」の時には積善寺城の支城として神前宗行の妹婿神前是光を城将とし和泉日根郡の土豪層と雑賀衆が3,500人余りが籠城した。千石堀城が落城するにおよび畠中城の兵は逃亡した。

神前氏政【かみまえうじまさ(15??~15??)】

神前是光の男。

甲田孫左衛門【こうだまござえもん(15??~15??)】

降井家臣。和泉三十六郷士のひとり。降井家の被官であったが、降井家が没落したとき自立した。

小谷政種【こたにまさたね(15??~15??)】

小谷城主。通称甚八郎。1571年、三好家と争い三好家臣一宮長門守麾下の木村肥前守の攻撃を受け討死した。

小谷種氾【こたにたねはん(15??~15??)】

小谷政種の男。1575年、織田信長の「根来征伐」で根来党であった小谷城は落城した。

小松里心西入道【こまつざとこさいにゅうどう(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

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【さ】

斎藤主膳【さいとうしゅぜん(15??~15??)】

和泉郡下条大津館主。和泉三十六郷士のひとり。

斎藤勝実【さいとうかつざね(15??~15??)】     

和泉国下守護家臣。守護代に任じられた。

坂本順喜【さかもとおうみのかみ(15??~15??)】

和泉郡坂本館主。官途は近江守。和泉三十六郷士のひとり。

坂本長徳【さかもとながのり(15??~15??)】

坂本順喜の男。

坂本元永【さかもともとなが(15??~15??)】

坂本長徳の男。1576年、織田信長の大坂本願寺攻めに加わり「第一次木津川口の戦い」で毛利家海賊衆と戦い討死した。

晶源助【しょうげんすけ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

積川四郎左衛門【せきかわしろうざえもん(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

惣官美濃守【そうかんみののかみ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

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【た】

多賀井宮内太夫【たがいくないだいふ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

降井隆家【たかいたかいえ(15??~15??)】

泉南郡。官途は太夫。和泉三十六郷士のひとり。降井隆家は、佐野の日根野七郎に攻められ没落した。門野(中)左近盛勝の次男隆井盛豊がその遺跡を相続し再興した。門野盛豊には実子はなく、門野(中)左近盛吉の次男隆井(門野)盛永を養子とした。降井盛永は、羽柴秀吉の「根来討伐」において、根来方の畠中城に籠城した。

田代道徳【たしろどうとく(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

田治米十左衛門【たじめじゅうざえもん(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

田所大和守【たどころやまとのかみ(15??~15??)】

府中館主。和泉三十六郷士のひとり。上ノ大和殿と呼ばれ、府中、和気、井口、黒取、板原、肥子村、八木郷にて五ヶ村の領主、大鳥明神の神主を兼ねる。和泉三十六士でもっとも所領が多かったという。

田中重景【たなかしげかげ(15??~15??)】

田中館主。官途は遠江守。1576年、織田信長による石山本願寺攻めに参陣した。

玉井行家【たまいゆきいえ(15??~1588)】

千原城主。細川氏綱家臣。官途は壱岐守。別名玉井源秀。和泉三十六郷士のひとり。玉井遠江守が我孫子村を領し、玉井行家が森村、千原村を領した。上和泉郷内に領地を持つ豪族。1543年、玉井源秀は細川元常と戦い敗退した。

玉井遠江守【たまいとうとううみのかみ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

玉井駿河守【たまいするがのかみ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

淡輪隆重【たんのわたかしげ(15??~15??)】

淡輪城主。別名淡輪徹斎。1576年、織田信長より荒木村重に宛てた書状で、毛利家海賊衆への対処を命じられている。1576年、織田家海賊衆は「第一次木津川口の戦い」で毛利家海賊衆に敗北した。佐久間信栄に九鬼嘉隆の軍船到着について報告したとき、織田信長は佐久間信盛に、大坂近辺の通行の自由については淡輪隆重に伝えるよう命じた。淡輪隆重は大坂の石山本願寺との戦いの主将佐久間信盛の寄騎衆。在地で摂津国の石山本願寺と紀伊国の雑賀衆を監視を行なった。

淡輪重利【たんのわしげとし(15??~15??)】

淡輪隆重の男。通称新兵衛。浅野家に仕えた。

淡輪隆政【たんのわたかしげまさ(15??~15??)】

淡輪隆重の次男。通称六郎兵衛。1615年「大阪夏の陣」の前哨戦「樫井川の戦い」で塙団右衛門とともに討死した。

寺田知正【てらだともまさ(15??~15??)】

和泉郡寺田館主。松浦家臣。和泉三十六郷士のひとり。

寺田正家【てらだまたざえもん(15??~15??)】

寺田知正の男。通称又右衛門。寺田正家、弟寺田宗清は共に岸和田城主松浦肥前守に仕えた。のち織田信長、羽柴秀吉のもとで戦功を挙げた。寺田宗清は、岸和田城主松浦肥前守を謀殺し松浦姓を称した。

寺田宗清【てらだむねきよ(15??~1628)】

寺田知正の次男。通称安大夫。寺田宗清、兄寺田正家は共に和泉国守護代岸和田城主松浦肥前守に仕えた。岸和田城主松浦信輝を謀殺すると兄寺田正家とともに岸和田城主となり、織田信長に仕えた。のちに羽柴秀吉に仕え馬廻から岸和田の代官となる。1584年「小牧、長久手の戦い」に戦功を挙げ伊勢国井生に転封され10,000石を領した。1590年「小田原の役」では、石田三成の麾下として「忍城の戦い」に参陣した。1600年「関ヶ原の役」では西軍に属し、伊勢国安濃津城攻めに参陣し改易された。

寺町左近将監【てらまちさこんしょうげん(15??~15??)】

家原城主。松永久秀家臣。松永久秀は、三好義継を擁する三好三人衆と対立し、家原城には松永方の和泉衆が在城していた。1569年、家原城は軍勢が少ないため三好勢に攻められ、寺町左近将監、雀部次兵衛尉、澤田備後守等が討死した。

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【な】

中村十太夫【なかむらじゅうだいふ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

成田伊豆守【なりたいずのかみ(15??~15??)】

和泉郡信太館主。和泉三十六郷士のひとり。

沼間清成【ぬまきよなり(15??~15??)】

大鳥郡綾井城主。別名沼間任世入道。和泉三十六郷士のひとり。沼間清成が大鳥郡綾井7,000石を領した。枝連衆の沼間伊賀守正盛が木積馬場村、沼間大隅守が鳥取箱作村に居住していた。沼間家は和泉国の豪族衆の旗頭。

沼間義清【ぬまとしきよ(15??~15??)】

沼間清成の男。官途は越後守。1576年、織田信長の大坂本願寺攻めに加わり「第一次木津川口の戦い」で毛利家海賊衆と戦い討死した。

沼間興清【ぬまおききよ(15??~15??)】

沼間義清の男。官途は主膳。1576年、沼間義清が討死すると沼間家の家督を相続した。中村式部少輔一氏の寄騎衆となった後に松平元康に仕えた。

沼間家臣団【ぬまけかしんだん】

谷山平左衛門、西村清右衛門、早水茂左衛門。

沼間正盛【ぬままさもり(15??~15??)】

大鳥郡木積馬場館主。官途は伊賀守。1576年、織田信長の大坂本願寺攻めに加わり「第一次木津川口の戦い」で毛利家海賊衆と戦い討死した。

和泉三十六郷士のひとり。

沼間大隈守【ぬまおおすのかみ(15??~15??)】

大鳥郡鳥取箱作館主。和泉三十六郷士のひとり。

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【は】

土師新左衛門【はじししんざえもん(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

土生十左衛門【はぶじゅうざえもん(15??~15??)】

和泉郡土生館主。和泉三十六郷士のひとり。

林伝内【はやしでんない(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

久枝久盛【ひさえだひさもり(15??~15??)】

和泉国下守護家臣。斎藤勝実に代わり守護代に任じられた。

菱木五助【ひしきごすけ(15??~15??)】

大鳥郡菱木館主。和泉三十六郷士のひとり。

日根野若狭守【ひねのわかさのかみ(15??~15??)】

日根郡日根野城主。日根野大井関明神の神職を兼ねていた。和泉三十六郷士のひとり。

平松宗時【ひらまつむねとき(15??~15??)】

土居城主。通称源左衛門尉。和泉三十六郷士のひとり。

平松宗賢【ひらまつむねかた(15??~15??)】

平松宗時の男。1585年、根来寺攻撃の際に羽柴秀長が岸和田に来た際は、病に伏せる平松宗時の代わりに嫡男平松宗賢が供応した。

福井源助【ふくいげんすけ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

福田九郎左衛門尉【ふくだくろうざえもんのじょう(15??~15??)】

福田城主。十河一存家臣。

藤林作右衛門【ふじばやしさくざえもん(15??~15??)】

大津宇田城主。和泉三十六郷士のひとり。1576年、織田信長の大坂本願寺攻めに加わり「第一次木津川口の戦い」で毛利家海賊衆と戦い討死した。

藤林与左衛門【ふじばやしよざえもん(15??~1600?)】

藤林作右衛門の男。石田三成に仕えた。1600年「関ヶ原の役」で討死した。

和泉細川政久【ほそかわまさひさ(15??~15??)】

和泉国下守護家。1495年、和泉国上守護家の細川 元有と共に畠山尚順と手を結び、細川政元と敵対したが、細川政元に敗れて降伏し、その麾下に属した。

和泉国下守護家臣団【ほそかわけかしんだん(15??~15??)】
        
若林勝延、松阪景量、西村新右衛門尉、広瀬三河守。

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【ま】

松浦守【まつうらまもる(15??~1557)】

泉南郡岸和田城主。細川元有家臣。和泉国守護代。官途は肥前守。通称左衛門尉守。1541年、高屋城主畠山稙長と遊佐信教が和泉国に侵攻すると松浦守は、三好長慶の勢力が拡大すると、細川晴元の麾下から離れ三好長慶方として行動していた。

松浦信輝【まつうらのぶてる(15??~15??)】

松浦守の男。官途は肥前守。1558年、松浦信輝は、三好方の十河一存により岸和田城主の座を追われた。山間部の蛇谷城に入って三好勢に抵抗した。十河一存率いる三好勢の攻撃を受けたが撃退した。1562年、畠山高政、安見宗房らの軍勢と援軍の根来衆、湯川家、玉置家の連合軍は「久米田の戦い」で三好勢を打ち破り、高屋城や岸和田城から三好勢は堺に撤退した。松浦信輝も一隊を率いて参陣した。畠山勢は三好家から高屋城を取り返し、勢いに乗り、三好長慶の飯盛山城を包囲するが、畠山勢は「河内教興寺の戦い」で大敗を喫した。松浦信輝も敗残兵をまとめて蛇谷城に帰還した。再び岸和田城に復帰したがまもなく家臣寺田宗清に謀殺された。

松浦孫太夫【まつうらまごだいふ(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

真鍋貞友【まなべさだとも(15??~1576)】

和泉郡大津城主。通称主馬兵衛。和泉三十六郷士のひとり。真鍋家は淡輪家と争い大津城に居城を移す。1576年、織田信長の大坂本願寺攻めに加わり「第一次木津川口の戦い」で毛利家海賊衆と戦い討死した。

真鍋貞成【まなべさだなり(15??~15??)】

真鍋貞友の男。通称五郎右衛門。織田信長に仕え、その後羽柴秀吉に仕え「小田原の役」「朝鮮征伐」に参陣した。1600年「関ヶ原の役」後には、福島正成に仕えるが、福島家断絶後は紀州徳川家に仕官した。

森村源左衛門【もりむらげんざえもん(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

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【や】

山之内宮内【やまのうちくない(15??~15??)】

和泉三十六郷士のひとり。

吉井五郎九郎【よしいごろうくろう(15??~15??)】

和泉国和泉郡吉井館主。和泉三十六郷士のひとり。吉井五郎九郎は織田信長に仕え大鳥郡綾井城主となった。

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【資料Ⅰ】

和泉国(4郡/128,000石)

大鳥郡:堺街
和泉郡:
南郡:岸和田城
日野根郡:

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【資料Ⅱ】

和泉三十六郷士【いずみさんじゅうろくごうし】

和泉国の豪族衆。磯上無仁入道、今木肥後守、今北十平次、大路新左衛門、岡彦市郎、樫井又左衛門、門村左近、甲田孫左衛門、小松里心西入道、斎藤主膳、坂本近江守、惣官美濃守、玉井壱岐守、玉井遠江守、玉井駿河守、多賀井宮内太夫、田代道徳、田治米十左衛門、田所大和守、積川四郎左衛門、寺田又右衛門、松浦安太夫、中村十太夫、成田伊豆守、沼間任世、沼伊賀守、沼大隈守、土師新左衛門、林伝内、土生十左衛門、菱木五助、日根野若狭守、平松源左衛門、福井源助、藤林作右衛門、藤林与左衛門、降井太夫、松浦孫太夫、真鍋主馬大輔、森村源左衛門、山之内宮内、吉井五郎九郎、晶源助。

会合衆【えごうしゅう】

室町時代から安土桃山時代の都市で自治の指導的役割を果たした評定組織またはその組織。同じ時期に山田(伊勢)、大湊(伊勢)、博多、酒田などの都市にも類似した組織が見られた。会合衆は、堺の有力商人で構成され、能登屋や臙脂屋などの有力商人がその任にあたった。三十六人の会合衆の中でもとりわけ有力な者が十人の納屋衆であった。

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【資料Ⅲ】

和泉国【いずみのくに】

灘波の海に面した五畿内の国。北は摂津国、南は和泉山脈を隔ててそれぞれ河内国と紀伊国に境を接している。灘波の海は明石海峡を経て瀬戸内海、紀淡海峡を経て紀伊水道へ抜ける位置にあり、和泉国の北端にある堺は、室町時代には国内のみならず日明貿易の中心地として栄えた日本最大の貿易湊になった。このため、莫大な富を築くた堺の豪商たちは三十六の会合衆の合議による自治都市を運営し、独自文化を形成した。商業都市としての性質上から、畿内国の中では比較的平穏が保たれている。

堺街【さかいのまち】

「応仁の乱」以後、それまでの兵庫湊に代わり堺は日明貿易の中継地として更なる賑わいを始め、琉球貿易、南蛮貿易の拠点として国内外より多くの商人が集まる国際貿易都市としての発展した。布教のため来日していたイエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラは「堺の街は甚だ広大にして大なる商人多数あり。この町はベニス市の如く執政官によりて治めらる」と書いた。安土桃山時代には貿易港としての地位を揺るぎないものとし、戦乱から町を守るため周囲に堀を巡らせた環濠都市を形成。会合衆と呼ばれる商人たちが自治的な都市運営を行い中世の自治都市となる。織田信長の前に屈服。自治機能が解体され、直轄地に置かれる。その後、羽柴秀吉が大坂城を築き、城下街が形成されると堺商人の多くが大坂へ強制移住させられたため、堺の都市機能は著しく低下した。同様に全国各地の城下街にも堺商人が移り住むようになる。産業面では戦国期より鉄砲生産が盛んに行われ、また文化面では今井宗久や千利休、津田宗及に代表される茶の湯などが特記される。

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戦国人名辞典は1530~1600年期間の国別戦国武将名辞典です。基本的に五十音順に並んでいます。本家と分家がある場合、混乱を避けるために、分家には頭に城の名前を入れています。

※印は出展図書からを示しています。歴史小説も含まれるため100%史実上の人物とは限りません。小説からの出展は注釈を入れます。

※あくまで個人的な趣味のサイトなので、誤字脱字、多少のミス等は許してください。

※名が不明場合は書籍等で採用されている便宜上の名を使用します。

※参考文献:「戦国大名家臣団辞典(東国編)」新人物往来社、「戦国大名系譜人名辞典(東国編)」新人物往来社、「信長の野望【革新】マニアックス」株式会社コーエー、「戦国国取りガイド」新紀元社、「戦国人名辞典」新人物往来社、「戦国大名家臣団総覧(歴史と旅臨時増刊)」秋田書店、「クロニック戦国全史」講談社、「天下統一Ⅲ(完全攻略ガイド)」角川書店、「戦国時代人物総覧(別冊歴史読本)」新人物往来社、「歴史読本(戦国大名家370出自総覧)」新人物往来社、「戦国大名マニュアル」新紀元社、「戦国大名家総覧(歴史と旅臨時増刊)」秋田書店、「戦国武将ガイド」新紀元社、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」。名が不明場合は書籍等で採用されている便宜上の名を使用します。

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